『富士日記(上中下巻)』武田百合子☆中公文庫

syoka2005-04-13



作家の武田泰淳夫人である百合子さんが,ご主人と愛犬ポコと共に富士山にある別荘で過ごした日々を綴ったもの。なんというコトもない日常が,百合子さんの溢れるような感受性で淡々と書きつけられてゆく。


移りゆく自然,毎日の食事の献立,隣人たちとのやり取り。虫や鳥,動物たちと同じく人間も,富士のふもとの自然の中では,ただの生き物だ。たくさんの生と死が日常の狭間に転がる。それらをあるがままに見ている,百合子さんの目。


それにしても,武田百合子という女性の,なんて魅力的なコトだろう。威勢が良くて,正直で,嬉しいのか悲しいのか怒っているのか,いつもはっきりとわかる。そしてそれを,いつもはっきりと相手に伝える。妻であり,母であり,天衣無縫な少女のよう。


下巻の最後は,ご主人が肝臓ガンで亡くなる最後の夏の日記だ。仕事帰りの電車のなかで胸がつかえそうになりながら,最後まで読み,あとがきを読みながら,涙が出て困った。静謐で,悲しく優しい,夫婦の,家族の情愛が満ちあふれていた。